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ジャスト・キッズ

ジャスト・キッズ

パティ スミス / 河出書房新社



昔昔、私が大理石とガラスを使ったビルディングの中にあるブティックで働いていた時のこと、同じビルの地下に小さな洋書屋さんがあった。この店のおじさんと私は仲良しで、おじさんは私が探している珍しい輸入雑貨の載った雑誌を取っておいてくれたりした。

ある日の休憩時間洋書屋さんへ行き、おじさんと無駄話をしていた。
社長からお店の売り上げのことをいつもやいのやいのと言われていた私は、おじさんに最近の景気のことを聞いた。
「相変わらず、全然や。あっでも売れてるのんあるねん」
おじさんがそう言うので
「えっほんと?どんな本?」
と私は聞いた。
「ほら、そこに積み上げているやつ」
おじさんが指差したところにある写真集を私は取り上げた。
「なにこれ。ロバート・メイプルソープやん」
そう言った私に
「さすが!ジュンコさん知ってるねんな」
とおじさんに言われて
「あったりまえやん」
と私は返し、ぱらぱらと写真集をめくった。

それは黒人の男性のヌード。
ミケランジェロの彫刻のような、オブジェのような黒光りした美しいヌード。
そしてペニスがくっきりとまるで抽象彫刻のように写っていた。

「こんなん,売っていいのん?」
思わず早口になった私に
「たまに税関をすり抜けてくることがあるんや。旭屋とか紀伊国屋とか大きい書店じゃダメかもしれないけどうちは小さい店やし」
とおじさんは答えた。

「どんな人が買うの?」
と聞く私に
「普通のサラリーマンみたいな人。何か口コミで広がっているみたいでひとりで何冊かまとめて買うてくれるんや。ほんとありがたいわ。ねえ、エライ熱心に見てるけど、気に入ったの?」
とおじさんに言われたので
「めちゃくちゃ気に入ったわ。でもMさんのほうがずっと素敵やし」
と切り返す。

あのロバート・メイプルソープの写真集は本当に美しかった。

今でも、あの写真集を見たときの衝撃をまざまざと思い出す。人間のからだがこんなにも美しく完成されたものであることを知ったのはあのときからなのかもしれない。

そのロバート・メイプルソープとの出会いから彼がエイズで亡くなるまでをパティ・スミスが綴った「ジャスト・キッズ」を読了した。

とてもスリリングで魅力的な本だった。

1967年の夏、盗んだランボーの「イリュミナション」を持って、電話ボックスに置いてあったサイフから抜き取った32ドルでバスのチケットを買いパティはブルックリンへ行った。

そこでふさふさしたカーリーヘアの親切な男の子と出会う。

彼とはその場で別れ、ニューヨークへ行き『ホームレス』をしながら仕事を探すパティ。やっと見つけた書店での仕事。ねぐらのないパティはこっそり書店で寝ながら仕事を続ける。その時、彼女が一番気に入っていたペルシャのネックレスを店に買いにきたのがロバートだった。

SF作家にナンパされ窮地に陥った時、また『偶然』ロバートと出くわす。彼にボーイフレンドの振りをしてもらいその場を切り抜けるパティ。

その日の夜、お互いが芸術に生きる人間であることを知るふたり。

その後のふたりの貧乏暮らしは清々しい。ホットドッグとチョコレートドリンクはふたりでわけあい、美術館での展覧会はひとりが見に行き、残った方に後から内容を説明する。

フルタイムの仕事をこなし、帰ってからも創作活動を続け、貧乏にもへこたれないパティは肉体だけでなく精神も屈強だ。それに比べ美貌のロバートは文字通り芸術に身を捧げ実に繊細である。

チェルシーホテル、当時最先端のレストラン、マクシズ、そしてビートニクの詩人や作家。ミュージシャン。彼らが過ごし関わった時代の最先端の場所や人々。

なかでも、傷つきやすいジャニス・ジョプリンと広大な夢を持っていたジミー・ヘンドリックスは印象的。

ロバートがゲイであり、ふたりは恋人関係を解消してもお互いを支えあうかけがえのない友人として付き合って行く。

パティは詩の朗読から自分でバンドを持って歌うようになり、ロバートはドローイングやコラージュから写真の世界に入って行く。

ロバートがエイズに冒され、最後にパティとあうシーンは切ない。

この本はパティが最後にロバートと交わした最後の約束から出来上がった。

僕たちの物語を書いてくれる?私に書いて欲しいの?君がやらなきゃ。君以外の誰にも書けないんだから。

パティ・スミスは60過ぎてもかっこいいパンク歌手。そしてボードレールやランボーやジュネを愛する詩人でもある。

ロバート・メイプルソープの美しい写真は今でもWEBサイトで見ることができます。
http://www.mapplethorpe.org/
by habezo | 2013-02-28 17:01 | 読書 | Trackback | Comments(0)